第22回北海道乳腺超音波研究会終了報告

『乳がん検診を考えよう』


日  時 : 2019年3月9日(土)14時〜16時30分  会 場 : ムトウホール

写真1 春らしい陽気に包まれて、第22回北海道乳腺超音波研究会が開催されました。今回は二部構成で、第一部では、乳がん検診を考えよう―検診から精査まで―と題して、4つの検診施設と精密検査施設として、札幌ことに乳腺クリニックが実際にどのように症例をやり取りしていたのかを検証しました。1施設目は、札幌南三条病院の三浦由紀子さんに、写真2精密検査とする基準や、精査施設への具体的な依頼方法について紹介していただきました。その内容から、実際どの様な書類が精査施設に送られていたかを確認しましたが、考えていたものとは異なり、要精査とされた具体的な内容が省かれたものが送られていた事が分かりました。これらを今後どのようにするべきかを検討してゆくという事になりました。2施設目は、北海道労働管理協会の五十嵐聖子さんに、症例を提示していただきました。五十嵐さんには実際に施設で行っている判定項目を用いた、いわゆる精密検査の判定とカテゴリー分類を併せた報告方法を紹介していただきました。写真3しかし、こちらの施設でも実際に届いた精査施設での紹介状には、判定内容は記載されていない事が分かり、その原因と今後の対策について考えていく事としました。3施設目は、札幌厚生病院の中谷詩世さんに症例を提示していただきました。中谷さんの施設では最近総合判定を取り入れて検診を行っており、その利点や欠点などの報告があり、それらを踏まえて今後どのように発展させていくのが良いかについて議論がありました。最後は北広島病院の佐々木宏美さんに、写真5複数ある報告方法について紹介していただきました。発表の中からいくつか浮かび上がった問題点の中でも、特に良悪性の判定の違いによって報告経路が異なり、ここでも十分な判定内容が報告されていなかった事が分かり、今後の検討課題となりました。写真6以上の報告より本日得た結論は、いずれの施設においてもしっかりとなされた検査の報告が、紹介先へ予想以上に伝わっていなかった事です。さらに、紹介先からも十分な回答が得られないものが多かったという事が分かりました。今後益々増えることが予想される、超音波検査を用いた乳がん検診のあり方について、様々考えさせられる時間となりました。
写真6第二部では、ミニ講演と致しまして、当会世話人の橋智子さんに「退職にあたり思うことー私と超音波検査」と題してお話しいただきました。波乱万丈な技師人生について、時に笑いを交えて、お話していただいた内容は魅力に溢れ、大変興味深く、引き付けられるお話でした。今後も検査技師として仕事は続けられるとの事で、引き続き私たちを牽引していただけますようお願いし、最後には研究会より花束を贈呈して、本会は無事に終了いたしました。


  【参加者からの感想】

本日は乳腺超音波研究会に参加させていただき、ありがとうございました。検診施設の現状、精査施設との連携について理解を得ることが出来ました。知識の幅を広げて今後の業務に役立てて参りたいと思います。

橋智子様 長い間お疲れ様でした。これからも続けられるとの事で、先輩のいろいろな興味深い話を聞けて、これからも活躍されるという事で、私たちもついていけたらと思います。
検診用のカテゴリー分類と精査用の違いを改めて勉強しました。
4施設の検診機関と精査施設の情報のやり取りにずいぶん問題があるのが分かりました。他施設から紹介・精査の依頼があるとき困ったことを思い出しました。
検診と精査のどちらも検査していますが、カテゴリー分類は自分の見た印象とカテゴリー判定、MGや他のモダリティを総合している状況です。もう少し明確にUSのカテゴリー分類の必要を考えました。
検診施設から精査施設に送った紹介状や、その後の精査結果と対比してみたことが無かったので、勉強になりました。画像で確認することが出来て、判定基準を勉強しなおすことが出来ました。
今回は初めての参加でしたが、報告書の書き方から症例、精密検査施設へのデータの送り方まで、とても勉強になりました。乳腺エコーを始めてまだ1年経っていないので、症例を色々見ていきたいと思いますので、症例検討をして欲しいです。
施設間の壁を越えて、精検依頼書と返事が実際にどのようにやり取りされているかを、見ることができ、大変勉強になりました。カテゴリー導入は自分の職場ではされていないので、参考にしたいと思います。ありがとうございました。
検診で要精査となった場合の紹介状や画像の添付方法も自施設でも確認しなければと考えさせられました。有意義な会をありがとうございました。
智子さん、とてもパワフルなご講演に感銘を受けました。ありがとうございます。あくなき向上心、よく考える事、仕事のことだけではなく、人生の先輩としてもお手本にしたいなと心底思いました。


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